負け組

履歴書に「50才」って書くだけで気が滅入る。
満50歳、満50歳だよ、とうとう。
こんな歳になってから就職活動するくらいなら、もっと早くしておけばよかった。
後悔先に立たず。
振り返ってみれば、後悔だらけの人生だった。

高野真緒 50才 女性 家事手伝い

家事手伝いか? ニートか?

どっちにしても職歴にはならない。

過去を振り返って落ち込んでいる場合じゃないけど
履歴書を書くだけでガッカリする。

私の人生なんて・・・

高校は、いわゆる全国屈指の進学校。
いや、全国は盛りすぎか、県内屈指の進学校。
ここらへんが、人生のピークだったかな?

うーん、もっと前、中学の頃が人生のピークだったかも。
勉強も出来て部活もして友達も多くて充実していたような。。。

中学ではトップだった成績も高校では平均ギリギリくらい。
大学受験では、無理して失敗して、よせばいいのに一浪したのが運の尽き。
1歳年上ってことが負い目となって友達とも打ち解けず
大学生時代は思ったより楽しくなかった。

さらに、超最悪なことに、就職の時期が氷河期第一号世代だった。

浪人なんかしないで、素直に滑り止めの大学に行っていたら・・・
そもそも第一志望を無理しなければ・・・

元同級生たちはバブル時代の超売り手市場の中、楽々と有名企業に就職し
女子は、社内恋愛を謳歌し、エリートと結婚。

それに比べて私は・・・

がんばったのに、一浪してまでがんばったのに・・・
全て報われなかった。
無駄な努力だった。

何十社も受けては落ち、受けては落ちの繰り返し。
当時、男子はまだ良かった。
女子の4年制大学卒が一番被害を被った。
女子でも短大生の方が就職には有利だった。
そんな時代に一浪して大学に行った私はバカだった。

やっと内定をもらえた会社は、今は既に倒産した全国チェーンの呉服屋だった。

売上ノルマが、1ヶ月300万円か500万円か、そのくらいだったと思う。
営業なんて無理だと思っていたのに、よりにもよって営業の中でも超絶厳しい着物の営業だった。
今時、着物を着ている人なんているか?
いったい、誰が買うんだよ?
親戚でも友達でも無理だって。

新人研修は合宿で、今思えば洗脳研修と呼ばれるものだった。
大声で怒鳴られたり、社訓を音読させられたり。
グループに分かれて劇をさせられたり。
理不尽なことで罵倒されたり。
恥をかかされたり。
思い出したくもない。

そんなブラック会社に適応できるはずもなく、メンタルをやられて辞めてしまった。
1年ももたなかった。
当時は、新卒は3年は働くべし、みたいな空気があって、1年以内に辞めるなんて
人間のクズだと罵られた。もうクズでも何でもいいやと思った。

それから、泣きながら実家に帰って、両親には本当に申し訳なかったけど
家事手伝いという名目で家においてもらった。
わがまま言って、無理して、大学まで出してもらってこのザマだ。

実家暮らしは贅沢しなきゃ生きていける。
だけど、友達とも近所の人にも会いたくなくて外に出るのが怖かった。
働かなきゃ、働かなきゃ、せめてバイトでもしなきゃって思ったけど
外に出たくなかった。誰とも会いたくなかった。

それからもう20年以上経ってしまった。
両親は相変わらず優しかったけど、それがかえって辛かった。
誰にも相談できない。相談もしたくない。
私なんて家族の恥なんだろうな、いない方がいいんだろうな。

人生の負け組なのは分かってる。
とうとう50才になってしまった。結婚も無理。
いや、もうとっくの昔に結婚なんて諦めてしまった。

ただ、ほんのちょっとだけ社会に出てみたいという気になった。
日々の日課はネットサーフィンだけ。
ネットで仕事を探して、やっと見つけた。
何とかできそうなのはコールセンターのオペレーターだけだった。